きれいに錯乱の色で埋め尽くされたぼくの視界

ぼくは、精神を狂わせて、その意識を仮象の奥底に沈めなければこの世界で生きてなどゆけなかった――ゆけない、のだ。
だから、きっと常に狂っている。こうしてぼくが今現在詭弁を弄しているという事態こそが、その事実を証明している。二重に狂っていると言ってもいい――人間は人間として意識で生きている以上、全員狂ってしまっているのだから。全員、どこかしら欠損していまっているのだから。
人間は人間だから不完全なんだ!ああ、楽しいなあ、完全な人間なんてどこにも居ないんだぜ、ぼくたちに知ることができないものはぼくたち永遠に知ることがない、ああ、そうして世界は永遠に欠損している!完全で真理を胚胎しているはずの世界は、ぼくたちにとっては絶対的に不完全なのだ!素晴らしい感覚だね、美しいぼくらの欠損、失って取り戻すことのない何か、抱きしめたいほど愛おしい、こうしてこの狂った人格さえも、愛すべきぼくの欠損になる。
欠損を愛するぼくという現象がそもそも欠損を内包しているというその事実を、ぼくは欠損しているからこそ半ば狂ったように愛している。

きっとぼくは今も錯乱しているのだ。あの頃自らを切り刻んだ深い夜も、泣きもせず床に頭を打ち付けていたあの日も、独房のような灰色の部屋で閑暇に喰い潰され自己を見失ったあの時間も、狂っている振りをしていたあの頃の全てすら、きっとぼくはいつでもいつまででも狂っていて、正気などというものは持ち得ないのだ。
ぼくはいつだって馬の首に縋り付いて頽れたい。この世界の重力に耐えられないのだ、この重さにまともに向き合い、そうしてそれでもひたすらに狂わずに居られることなど、ぼくには不可能なのだ。
だから人間はこうして虚構を創ったのに。ぼくはその薄衣を剥いでしまった。師は何も教えてはくれなかった。なぜなら彼は、この世界と生を盛大に愛していたのだろうから。

ぼくは今も早く錯乱してしまいたい気持ちでいる。昔のぼくの遺した遺言を解することもなく、早々と世界の闇に包まれ、墜ちるのだろう。なぜならぼくは世界であり、世界の欠損であり、失われ、知ることのできない真理であり、可知的なものでありながら絶対的に不可知的だからだ。ぼくこそが世界の元凶であり、重力として存在している。
ああ、聞こえているのか!ぼくはもう早く狂ってしまいたいんだ――ぼくの知性はこの世界、そしてぼく自身に耐えられなかった。痛いんだ。疼くんだよ。そしてそれだけの話なんだ。


左腕に亘る真白くなった傷痕も、8年間飲み続けた薬も、閉鎖病棟の拘束具だって、それは結局のところみんなみんなぼくの狂気の現れだったんだ。